メーカー別オーディオ買取事例

JBL

オーディオ買取屋ではJBLの買取価格NO.1を目指しております。
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【オーディオ買取専門店が解説】
オーディオの「JBL」が高く売れる理由

もしあなたがオーディオを売ろうとお考えなら、それもJBLを売ろうとお考えなら、せっかくなので高く買い取ってくれるお店に売りませんか?

JBLは高く売れます。なぜなら、JBLは非常に価値のあるオーディオだからです。ですから、JBLの価値を知るオーディオ買取店に依頼すれば、確実に高く売れます。

では、JBLの価値を知る買取屋はどこでしょう。

たいてい、オーディオ買取専門店なら、JBLの価値は知っています。専門店ですから当然です。しかし、時折ですが、JBLの正しい価値を知らない専門店もあったりします。そのため、オーディオを売ろうとしているあなたも、基本的なJBLの価値は知っておくべきです。

というわけで、この記事では、オーディオのJBLが高く売れる理由について解説します。

目次
1.JBLが高く売れる理由①
2.JBLが高く売れる理由②
3.JBLが高く売れる理由③
4.オーディオ買取屋に寄せられた「お客様の声」
5.オーディオ買取屋に寄せられた「前オーナーの想い」
6.オーディオ買取屋のJBL買取実績
7.JBL以外のオーディオ買取屋の実績
8.だからオーディオ買取屋は、JBLを高く買い取っています

1.B&Wが高く売れる理由①

JBLが高く売れる理由。それは、JBLは誕生から非常に長い年月が経過しており、世界中にファンがいるオーディオブランドだからです。

まずはJBLの歴史を簡単におさらいしましょう。

1-1.JBLの前身「ランシング・マニュファクチャリング社」

JBLがアメリカで誕生したのは、第二次世界大戦の翌年、1946年です。創設者はJames Bullough Lansing(ジェームス・バロー・ランシング)。そのイニシャルをとって「JBL」と名付けられました。

しかし、ランシングが最初に設立したスピーカーメーカーはJBLではありません。ランシング・マニュファクチャリング社(Lansing Manufacturing Inc.)というスピーカー製造メーカーです。設立は1927年。今からおよそ100年前です。

しかし、ランシング・マニュファクチャリング社の事業目的は、一般ユーザー向けのスピーカー製造ではありませんでした。顧客のほとんどがラジオセットメーカーで、時折大型スピーカーも製造しましたが、大きくてコンソール型ラジオ用のスピーカーほどでした。

そんなランシング・マニュファクチャリング社でしたが、1934年、アメリカのハリウッド映画会社MGM(Metro Goldwyn Mayer Studios)から依頼を受け、トーキー映画再生システムの開発メンバーに抜擢されます。そして、その一年後に「シャラーホーン・システム」を完成させると(このシステムは1936年に映画芸術科学アカデミー賞を受賞します)、翌1937年には「アイコニック」を発表。これにより、ランシングの名前は広くオーディオ業界に知れ渡ります。

しかし、そのたった4年後の1941年には、ランシング・マニュファクチャリング社はなくなります。経営不振により、アルテック・サービスに買収されたからです。

1-2.アルテック・ランシング社

1941年、ランシング・マニュファクチャリング社を買収したアルテックサービスは、ランシングの名前を冠した子会社「アルテック・ランシング社」を設立し、ランシングを技術担当副社長に据えます。そして、ランシングはそこに5年間在籍し、その間に2ウェイ同軸型604、ウーファー515、ドライバー288など、数々の名ユニットの開発に成功します。そして、それらユニットを使用した劇場用スピーカー「ヴォイス・オブ・ザ・シアター」システムは、当時の映画館の標準スピーカーとなっりました。

1-3.JBL誕生

上述の通り、ランシングはアルテック・ランシング社でも非常に活躍しますが、1946年、そのアルテック・ランシング社を退職します。そして、「ランシング・サウンド・インコーポレーテッド社」を設立するのですが、アルテック・ランシング社から「ランシング」は紛らわしくなるので社名を変更して欲しい、との依頼を受けます。

そこで、ランシングは自分の名前にも関わらず、社名に「ランシング」を含まないものへと変更します。
「ジェームス・B・ランシング・サウンド・インコーポレーテッド(James.B.Lansing Sound Inc.)」。その頭文字をとって、「JBL」という会社が誕生させました。

しかし、ランシングはスピーカー作りの技術者としては天才でしたが、経営者としての能力には恵まれていませんでした。新たな会社を起こした3年後のことです。事業の悪化に伴い、1949年、ランシングはサンマルコの工場で自ら首を吊って帰らぬ人となりました。

その後、JBLはハーマン・インターナショナル・インダストリーズに買収され、今はアメリカ合衆国カリフォルニア州ノースリッジに本拠地を置く、世界有数の音響機器製造会社へと事業規模は拡大されています。

1-4.総括

ジェームス・バロー・ランシングはスピーカー作りの天才でした。JBLという名の会社は1946年の設立ですがですが、彼は1927年からスピーカー作りを始めていました。

およそ100年。

ここまで長きに渡り、スピーカー作りの天才・ジェームス・バロー・ランシングが基礎を作ったオーディオブランドだからこそ、JBLは古いものでも高値で買い取ってもらえます。もちろん、私たちオーディオ買取屋でも、JBLはいつでも最高値で買い取らせていただきます。

なお、JBLのブランドストーリー完全版はこちらをご覧ください。
https://audio.kaitori8.com/story/jbl/

2.JBLが高く売れる理由②

JBLが高く売れる、二つ目の理由。
それは、JBLの採用実績には目を見張るものがあり、多くの著名人に愛されているからです。

2-1.JBLの採用実績

JBLは地球上の至る所で採用されています。たとえば、世界の映画館の50%がJBLですし、2014年のワールドカップ会場の60%もJBLでした。また、ハリウッドにあるスタジオのではJBLの採用率は80%を占め、さらに世界の主要なコンサート会場の5つに1つの割合程度でJBLは使われています。また、トヨタやフェラーリなどの純正オーディオとしても指名を受けています。

さらに、オバマ大統領の就任演説でもJBLは使用されており、ドナルド・トランプ大統領もツイッターで、JBLに感謝の言葉を述べています。

……が、こちらのJBLはSmackDownコメンテーターのジョン・ブラッドショー・レイフィールド(JBL)で、オーディオには関係ありません。

2-2.多くの著名人が愛したJBL

JBLを愛した著名人は非常に多くいます。ここではその数名をご紹介します。

2-2-1.エリック・クラプトン

エリック・クラプトンは世界的に有名なソングライターです。映画フェノミナンのテーマ曲「Change the world」はグラミー賞を獲得し、日本でも非常に高い人気を誇りました。

そして、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと並ぶ世界3大ロック・ギタリストの一人とされており、「スローハンド」の異名を持つギターの名手です。2004年には自身のギターコレクションのオークションを開催し、自身が長年愛用したブラッキー('56年製のフェンダー・ストラトキャスター)の愛称を持つギターは95万9,500ドル(およそ1億520万円)の価格がつけられ、当時は世界一値段の高いギターとして話題になりました。

そんなエリック・クラプトンは、1960年代にバンド「クリーム」を結成。しかし、バンド内での人間関係悪化により、すぐに解散。その後クラプトンは新天地を求めて渡米し、アメリカ南部のミュージシャンとデレク・アンド・ザ・ドミノスを結成して「レイラ」を録音します。

その頃の話です。
エリック・クラプトンはアルテックのA5を導入します。

A5は「ボイス・オブ・ザ・シアター」と名付けられたアルテック・ランシングの劇場用スピーカーシステムの1つです。ボイス・オブ・ザ・シアターは、ジェームス・バロー・ランシングの最初の会社が買収され、ランシングがアルテック・ランシング社で活躍した際に誕生したスピーカーでです。

厳密に言えばJBLではありませんが、JBLの創設者「ランシング」が非常に深く関わっている会社なのでご紹介いたしました。

2-2-2.山下達郎

山下達郎は「音の職人」とも称される、日本を代表するミュージシャンの一人です。
ジャンルはニューミュージックやシティ・ポップにとどまらず多岐にわたり、ブライアン・ウィルソンやビーチ・ボーイズのようなアメリカン・ポップス・ロックから、ジェームズ・ブラウンやガレージ・ロックを好んだりと、音楽の趣味はとても幅広いアーティストです。

代表曲は、1988年JR東海のクリスマスキャペーンソングとして採用された「クリスマス・イブ」。誰もが一度は耳にしたことがある超名曲です。

そして、そんな山下達郎が、ラジオなどでも非常に推薦していたスピーカーが「JBL4312」です。家庭用スピーカーとして人気だった4311Bの後継機種でありながら、世界中のスタジオや放送局で圧倒的な評価を獲得したモデルです。

高域には3.6cmコーン型のダイレクトラジエーターLE25-2。
高域には3.6cmコーン型のダイレクトラジエーターLE25-2
低域には30cmコーン型ウーファー2213Hを採用し、白いコーン紙も人気の理由の一つでした。

エンクロージャーにはバスレフ方式。外観はウォルナットのオイル仕上げ。また、ユニットレイアウトには左右対称のミラー・イメージペア構成を採用していて、音像定位が改善されています。

発売は1982年。
山下達郎が竹内まりやと結婚した年で、「あまく危険な香り(ドラマ「あまく危険な香り」の主題歌)」をリリースした年です。ちなみに、「あまく危険な香り」は「街物語(東野圭吾・著「新参者」のテーマソング)」同様、ソウルミュージックの巨匠カーティス・メイフィールドの「トリッピング・アウト」と曲調が似ていると話題になった曲です。

価格は当時で286,000円(ペア)。

2-2-3.村上春樹

村上春樹は日本だけにとどまらず、世界でも大きな影響力を持つ作家の一人です。

1987年発表の「ノルウェイの森」は1000万部を売るベストセラーですが、この「ノルウェイの森」をきっかけに村上春樹ブームが起き、日本だけでなく世界中にファンが広がります。

主な作品は「羊をめぐる冒険」「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ』『1Q84』など。

音楽についても造詣が深く、ビートルズやウィルコといった音楽を愛聴するばかりか、大学在学中の1974年、国分寺駅南口にあるビルの地下でジャズ喫茶「ピーター・キャット」を開店。夜間はジャズバーとなり、週末は生演奏を行うジャズ喫茶の経営者でした。

そんな村上春樹は、自身6作目となる長編小説「ダンス・ダンス・ダンス」の中でこう残しています。

彼はB&Oのプレイヤーにレコードを乗せて、針を降ろした。スピーカーは懐かしいJBLのP88だった。

村上春樹はプライベートではJBLのD-130を用いてジャズを聞いているそうで、どれほどJBLが好きかが伺えます。D-130はJBLの代表的な38cmコーン型ワイドレンジスピーカーユニットです。JBL創業者ジェームズ・バロウ・ランシングが「家庭用の美しいスピーカーを作りたい」とアルテック・ランシングを辞め、JBLを設立した最初期のユニットです。

一方、小説「ダンス・ダンス・ダンス」に登場するJBL P88は架空のモデルです。JBLにPで始まる型番はありません。

2-2-4.ポール・マッカートニー

ポール・マッカートニーはロック界で最も有名なシンガーソングライターの1人で、「ギネス世界記録」にも「ポピュラー音楽史上最も成功した作曲家」として掲載されていまう。

ビートルズに在籍中は「ラヴ・ミー・ドゥ」「イエスタデイ」「ヘイ・ジュード」「レット・イット・ビー」など、ビートルズの代表作とされる楽曲を数多く作詞・作曲しました。

そんなポール・マッカートニーは、世界での様々なツアーや録音スタジオにてJBLを使用してきました。そして、2012年には「JBLとは”素晴らしいサウンド”と同じ意味」と発言し、JBLのグローバルキャンペーン「Hear the truth」に登場、話題となりました。

また、ビートルズがレコーディングにしばしば使用したアビー・ロード・スタジオは、1970年代にはJBL4320が導入されました。

このJBL4320は、43シリーズの最初のモデルで、ピンク・フロイドのスタジオモニターとしても使用され、確固たる地位を築いたシステムでもあります。

3.B&Wが高く売れる理由③

JBLが高く売れる、三つ目に理由。
それは、JBLにはブルーバッフルのスピーカーがあり、日本でも非常に人気を博したモデルがあるからです。

その代表格が「JBL4343」と「JBL4344」です。

JBLの多くのスピーカーは世界中で支持されましたが、こと「JBL4343」と「JBL4344」は当時のマニアがこぞって買い揃えたモデルでした。

そのため、今でもJBLに憧れを抱いている人は多く、そのため高値で売れています。

3-1.JBL4343

日本のオーディオ史に残る名スピーカー「JBL4343」。発売は1976年、価格はセットで126万円。当時の日本はオーディオブームにあったとは言え、非常に高額なスピーカーだったにも関わらず、一説には20,000セットも売れたと言われている超ベストセラーなスピーカーです。また、その頃のオーディオマガジンなどにおける視聴のリファレンス・スピーカーといえば、ほぼJBL4343でした。

4343は、ユニットのマグネットは全てがアルニコです。しかし、材料の原産地での紛争の影響から供給が難しくなり、マグネットはフェライト磁石へと徐々に変化。そして、4343Bになり、1982年に4344へと変化します。

4344の初期型では、ツイーターとコンプレッションドライバー以外はフェライトマグネットを使用していましたが、後にすべて全ユニットにおいてフェライトマグネットに変わります。

ちなみに、JBL本国のアメリカでは売れ行きは不発だったそうです。したがって、この日本での爆発的な売れ行きに、JBL関係者は首を傾げたそうです。「そんなに日本には録音スタジオがあるのか?」と。しかし、実際には日本国内の録音スタジオでは、当時はJBL4343はさほど導入されなかったそうです。あくまで、一般家庭での利用として売れたというから驚きです。

3-2.JBL4344

JBL4344は1982年発売、セットで130万円のスピーカーシステムです。JBL4343Bの後継機として開発されました。

4344は〈1982年~1983年前期まで〉と〈1983年以降〉で、一部ユニットが異なります。中高域のドライバーユニットは、前期は2421B、後期は2425Jです。また、高域のホーン型ツイーターは前期は2405、後期は2405Hです。

ウーファーはいずれも2235H、中低域には25cmコーン型ミッドウーファーである2122Hを採用しています。

そして1996年、JBL4344は「JBL4344mk2」として生まれ変わります。ウーファーは2235HからME150HSとなり、ミドッバスがロールエッジの2122Hから波形エッジの2123Hとなりました。

4.オーディオ買取屋に寄せられた「お客様の声」

オーディオ買取屋には、毎日嬉しい「お客様の声」が届きます。もちろん、JBL製品をお売りいただいた方からも、とても嬉しいお声を頂戴します。

「申し込みから査定、現金振込みまで、すべての対応が丁寧でスムーズでした」60代男性
「次に何をしたらよいのか、迷ったりせず安心してお取引できました」50代女性

オーディオ買取屋は高値でオーディオを買い取るのはもちろん、対応も常に真摯であるよう心がけております。
これからも私たちは、大切なオーディオを、大切なJBLを、最高値でスムーズに買い取り続けられるよう努力してまいります。

オーディオ買取屋に寄せられた「お客様の声」はこちらからご覧いただけます。ぜひご一読ください。
https://audio.kaitori8.com/uservoice/

5.オーディオ買取屋に寄せられた「前オーナーの想い」

オーディオ買取屋では、特に大切にされていただろうオーディオを手放すことになったオーナー様に、時折インタビューをさせていただいております。どれほどオーディオを大切にしていたかを、次に使う人に知ってほしいからです。

それに、私たちは人間です。買取価格査定マシーンではありません。思い入れがあればあるほど、大切にされていればさらにその分、上乗せして買い取りたいと思っています。

大切にされていたオーディオを、大切にしてくれる方へ。

それが私たちの務めです。
ですから、大切にされているオーディオは、是非私どもオーディオ買取屋へご依頼ください。

以下にJBL 4312Bをお売りいただいた、千葉県の方の想いを公開しています。
https://audio.kaitori8.com/jirei/4312%ef%bd%82mk%e2%85%a1/

JBL LE85+EXCLUSIVE EH-221L をお売りいただいた、広島県の方の想いも公開しています。
https://audio.kaitori8.com/jirei/jbl-le85%ef%bc%8bexclusive-eh-221l/

大切にされていたオーディオは高く売れます。
私たちオーディオ買取屋は、必ず高く買い取ります。

オーディオ売るなら、JBLを売るなら、ぜひオーディオ買取屋までご用命ください。

6.オーディオ買取屋のB&W買取実績

JBLをお売りになる際には、実績が豊富な買取屋をお勧めします。

B&Wをお売りする際には、JBLに精通しており、実績が豊富な買取屋をお勧めします。私どもオーディオ買取屋では、JBLの買取実績は豊富です。

このページの下の方にて、買取実績の一部を公開しております。是非ご覧ください。

7. B&W以外のオーディオ買取屋の実績

オーディオ買取屋が高く買い取れるオーディオは、JBLに限りません。もちろん、アメリカのオーディオだけでなく、イギリスのタンノイや日本のアキュフェーズも高価買取しております。

また、買取品目はスピーカーだけではございません。
パワーアンプ、プリアンプ、レコードプレーヤー、カセットデッキなども高値で買い取らせていただいております。

以下にオーディオ買取屋の買取事例を一部公表しています。ぜひご覧ください。
https://audio.kaitori8.com/jirei/

8.だからオーディオ買取屋は、JBLを高く買い取ります

JBLには歴史があります。創業者はスピーカー作りの天才と呼ばれ、多くの著名人を魅了してきました。日本ではミュージシャンの山下達郎や小説家の村上春樹、海外ではポール・マッカートニーなど、それはそうそうたる面々です。

JBLにはそうした価値があるからこそ、高値で売れます。
そして、私たちはJBLのそんな魅力を知り尽くしているからこそ、最高値で買い取ります。

オーディオを高く売るなら。JBLを高く売るなら。
ぜひ技術一筋のオーディオ買取屋に是非ご用命ください。