INFINITYブランドストーリー〜NASAの物理学者による、スピーカーづくり〜

アンプ、ターンテーブル、CDプレーヤー。オーディオ機器にはいくつもの種類があるが、しかしスピーカーほど原産地の気候や風土、あるいは国民性などが、製品のスタイルやそこから作り出される音に色濃く反映されるものはない。

例えば音質。
アメリカを例にとれば、東海岸は適度に抑制の効いた端正な音が特徴だし、対して西側は、しばしばカリフォルニアの青い空に例えられ、明るく開放的な音だと昔から言われている。

インフィニティ(Infinity Systems Inc. USA)は、アメリカはカリフォルニア州に本拠を構える、高級スピーカー市場においてトップクラスの地位を占める企業である。そしてその音は、闊達で明快、躍動的で、まぎれもなくウエストコートのキャラクターだ。

日本語では無限を意味するインフィニティ。
今日はそんなスピーカー・メーカー「インフィニティ」について語りたい。

  1. インフィニティ誕生秘話
    1-1.創設
    1-2.創設者たちの新たな創設
  2. インフィニティの代表作
    2-1.「特別な価格」の代表作
    2-2.その他の代表作
  3. まとめ

1.インフィニティ誕生秘話

1-1.創設

1968年6月、米国カリフォルニア州ウッドランドヒルズ(現チャッツワース)にインフィニティは創設された。初期メンバーは三人。アーノルド・ヌーデル(Arnold Nudell)、ケアリー・クリス(Cary Christie)、ジョン・ユーリック(John Ulrich)。
その中でも、アーノルド・ヌーデルはNASAの物理学者だったこともあり、きわめて理詰めの技術的特徴を打ち出すであろうと設立当時は大きな話題を呼んだ。

一方で、ヌーデルは大の音楽ファンであった。特にクラシック音楽の造詣が深かったこともあり、技術的にハード面の新しさを強く打ち出したことも事実だが、そのサウンドの基調には強烈なこだわりがあった。

同社の第一作は、サーボスタティック1(中域以上に静電型フルレンジユニットを、低域に18インチコーン型ウーファーをエンクロージャーの床面に向けて取付け、これをサーボコントロール方式で制御するシステム)を採用している。大きな特徴は二つ。低域を左右チャンネルに使う3D方式であるゆえ、比較的コンパクト。そして、静電型ユニットで中域以上を再生するため、コントロールが容易であることだ。

インフィニティにとって、第一作が「静電型+サブウーファー」の構成であったことは、同社の開発ビジョンに大きな影響を与えている。静電型のトランジェント特性は、優秀ではあるが構造上振幅がとれず、最大出力音圧レベルが低い。また、振動板の両側に音を放射するダイポール型では、全面と背面では位相が180度異なる。したがって、こうした特質からダイナミック平面振動板型ユニットの開発が始められたのだが、それがエレクトロ・マグネティック・インダクション(EMI)だ。

EMIは、直接極薄のフィルム状振動板に薄膜状のボイスコイルを貼り合わせ、その両側に小型磁気回路を並列させた構造、つまりイメージ的には、静電型ユニットをそのままダイナミック型に置換した構造のユニットである。
そして、このEMIこそインフィニティ製スピーカーのコアとなり、このトランジェット特性に優れるEMI型ユニットへのこだわりこそ、後々に特別な価格であっても市場に受け入れられた理由となるのである。

1-2.創設者たちの新たな創設

ところで、創設者のひとりアーノルド・ヌーデルは、1989年、インフィニティ社を去る。そして、カリフォルニアからコロラドに移住して、再びスピーカーブランドを立ち上げる。それが「ジェネシス:GENESIS」である。無限(インフィニティ)を創設した人間が、二番目に創世記(ジェネシス)を作り上げたわけだ。

ジェネシスの日本への輸入が本格的に始まったのは、1995年、「The Genesis V」からである。Gnesis Vは尖塔型の美しいトールボーイシステムだ。そして、低域のMFB専用アンプドライブとダイポール放射思想は、Gnenesis 200(定価6,000,000円)と共通コンセプトだが、こちらの値段は1セットで1,950,000円と、まだ現実感のある価格だった。

何かと「Genesis 200」と比較される「Genesis V」だが、ユニットでは新しい特徴も見いだせる。
85Hz〜500Hzのミッドバスには6.5インチ口径のメタルコーンを、500Hz〜3.5kHz のミッドハイには3インチ口径のメタルドームを採用。トゥイーターは1インチ径のリング・リボントゥイーター2基で、それぞれがフロントとリアにマウントされている。そして、ウーファーもフロントとリアに2基つづマウントされ、ダイポール放射を実現。まさにヌーデルのアイデンティティであり、彼の知性と感性の具現化であろう。

一方、インフィニティの二代目社長には、創設メンバーであり、ヌーデルと長年同社の技術に直接携わってきたケアリー・クリスが就任した。が、彼もまた、1993年には退社し、独立して「クリスティ・デザイン」を創立。その後はヘンリーJ・サースが三代目を受け継ぎ、現在はハーマン・グループの傘下にある。

およそ半世紀近くの歴史を持つスピーカー・メーカー「インフィニティ」。創設メンバー3人のうち、2人が新たに自分でブランドを立ち上げたが、インフィニティはまさに現代のアメリカのスピーカーシステムの潮流を創出し、無限の可能性を提示し続けている存在である。

2.インフィニティの代表作

2-1.「特別な価格」の代表作〜IRSシリーズ〜

インフィニティといえば、同社のスペシャルモデル「IRSシリーズ」であろう。
IRSはインフィニティ・リファレンス・スタンダード(Infinity Reference Standard)の頭文字をモデルナンバーとしたシリーズで、EMI型ユニット+サブウーファーの基本構想を確立したモデル群だ。

何もかもが特別だが、ひときわ目を引くのがその価格帯である。

1996年に発売された「IRS-Sigma」は、ペアで1,380,000円。

(●構成:4ウェイ5スピーカー密閉型●使用ユニット:ウーファー・30cmIMGコーン型、ミッドバス・16cmIMGコーン型、ミッドレンジ・HE-EMIM型、トゥイーター・HE-EMIT型x2●クロスオーバー周波数:160Hz、600Hz、3.8kHz●インピーダンス:4Ω●感度:87dB/2.83V/m●推奨アンプ出力:100W〜500W●寸法/重量:W460xH1,490xD440/67Kg)

それ以前の1988年に発売されている「IRS-Beta」は、ペアで3,300,000円。
(●構成:5ウェイ10スピーカー・密閉型)●使用ユニット:ウーファー・30cmコーン型x4、ミッドバス・L-EMIMx2、ミッドハイ・EMIM、トゥイーター・EMiTk(前面)、EMITk(背面)、スーパートゥイーター・SEMITk●クロスオーバー周波数:110Hz、750Hz、4.5kHz、10kHz●インピーダンス:4Ω●寸法/重量:低音部・W419xH1,644xD368/63.4Kg、中高音部・W431xH1,644xD25.4/34Kg)

さらに、同年だがBetaを発売する少し前には、「IRS-V」を13,000,000円で発売している。
130万ではない。1,300万円である。
(●構成:3ウェイ54スピーカー丸使用ユニット:ウーファー・30cmコーン型x6、ミッドバス・EMIMx12、トゥイーター・EMITx24(前面)、EMITx12(背面)●インピーダンス:4Ω●内蔵アンプ出力:低域2kW●寸法:低域・527xH2,286xD730、中高域・W1,193xH2,286xD431、ベース・W965xD304●重量:681kg)

もちろん、価格が特別なだけではない。

IRS-Betaという大型システムは、低音域は専用のサーボコントロールアンプによる調整が可能であり、30cmコーン型ウーファーを4基もつトールボーイ・エンクロージュアと、前面と背面でEMIMとEMITと呼ばれる独特の平面振動板によるスコーカー/トゥイーターが分離されたユニークなスピーカーだ。非常にワイドレンジな再生周波数帯域と、中低音部にL-EMIM、中音部にEMIM、高音域にEMITと、ほぼ全ての音楽帯域を平面波によっていて、さらにシステムの前後面に高域をEMIMで放射させ、特有の音場感を創出している点がこの機器の最大の特徴だろう。

また、IRS-Vに至っては、インフィニティの理想を具現化した超弩級システムであり、最高傑作の一つである。
構成は、低域・中域・高域の最小限の3ウェイ。各専用ユニットはインライン配置(上下方向に一列に並列させる配置)。
このインライン配置は、水平方向の指向周波数特性は広いものの、逆に上下方向には狭くなる特徴がある。しかし、これはIRS-Vほどの大型スピーカーにおいては、ひとつのアプローチの結果として見るべきだろう。一般的な大型スピーカーで問題となるサービスエリア限定、さらにトールボーイ型では椅子に座った際の耳の位置にサウンドバランスの音軸はベストになりづらいこと、この二つの課題はどうしても避けられないからだ。
ところで、このIRS-Vは、低域は2kWの専用アンプ内蔵、中域はEMIM×12個、高域はEMITを前面に24個、背面に12個の合計36個使った超大型システムだ。価格だけでなく、設計も特別であることがわかるだろう。

2-2.その他の代表作

IRSシリーズには、IRS-Vを筆頭にIRS-β/γ/δなどの高級機がラインナップされたが、その後の1980年代から発売されたKappaシリーズの9/8/7は特に高い価格対満足度をもつモデルとして高評価を受けた。また、それは日本国内でも同様で、ここから急速に日本マーケットでもインフィニティ・ブランドが定着した。

その中でもKappa 8.1iは特に評判が良かった機器である。
エンクロージャーのスタイルは従来モデルの7.1iと瓜二つだが、高さは120cmにも達する大型で、従来機の3ウェイ構成から4ウェイ構成へと変化を迎えている。また、ウーファーには30cm口径を搭載。さらに16cm口径の中低域用ユニットは、上級機「ルネッサンス・シリーズ」で活躍している物である。そして、中高域用は、本シリーズ独自のポリドームによる7.6cm口径ユニットを採用。と同時に、インフィニティ社製品には独自の平面駆動ユニットという特徴があるが、ここでは本シリーズ用に開発された円形平面駆動型トゥイーターEMIT-Rが再高域用として搭載されている。

先にも述べたが、「ルネッサンス・シリーズ」も好評だった製品群だ。インフィニティ社においてはIRSシリーズに次ぐハイグレードシリーズとして位置する。
特に1991年に発売された「Renaissance 90」は同シリーズの中でも最上級にランクされるスピーカーである。床への設置面積を極限まで抑えつつ、充分な量感のある低域と平面振動板ユニットによる独自のハイディフィニション。低域ユニットは、かつて開発した2組のボイスコイル搭載。一方は通常の低域用に、他方には重低音専用に使うワトキンス方式を再び採用。エンクロージャーは二等辺三角形さながらの台型断面のトールボーイ型で、伝統的な密閉型採用。エンクロージャー内部に発生するノイズが音質を損なうことのないように設計されている。
基本的に前後両面に音を放射する中高域ユニットEMIMは、理想的環境とは程遠い部屋とのマッチングが考慮されており、後方への放射をコントロールする新手法が採用されている。これはまさに本機の特筆すべき長所だろう。

3.まとめ

現在、インフィニティ・ブランドのサイトにはこんな記述がある。

シンボルマークである『∞』。

そして、「infinity」というその名。
それらは、まさに物理学の永遠のテーマであり、終わりなきオーディオの夢に繋がるという想いが込められている。

まさに、NASAの物理学者が立ち上げたブランドに相応しい想いであろう。
しかし一方で、infinitesimalというスピーカーも、同社は開発していることは記しておきたい。

infinityとは「無限」を意味し、ロゴマークの元である記号∞は「無限大」を表す。
では、infinitesimalとは何か。それは「無限小」である。

無限小とは、計測できないほど極めて小さい「もの」であり、限りなく「ゼロ」に近い数である。数学においては,任意の変数が0に収束するとき,その変数を無限小になるという。要するに、無限大と反対に近い概念である。

インフィニティがこの「infinitesimal」を発売したのは1981年。創設メンバーが全員揃っている時分に開発した、最も小さなスピーカーである。

外形寸法はW160×H280×D130、重量は11.2kg。これはIRS-Vと比べれば、ほとんど1/10サイズである。まさに「テシマル」。しかし、性能は悪くない。

低域には12.5cmコーン型ウーファーを搭載。
このユニットには、fo(低音共振周波数)の問題を解決すべく、オリジナルのデュアルボイスコイル方式を採用。インピーダンスの異なる2つのボイスコイルを用いた構造であり、原理としては第1番目のボイスコイルがfoに近づくと、第2番目のボイスコイルが除々に引き継ぎ周波数特性をフラットにする。
また、振動板にはポリプロピレンを採用。紙コーンと比較して、コーンの波打ち現象やたわみが低減。音の濁りの低減に成功している。

そして、高域にはEMIT型トゥイーターを搭載。
このユニットは、サマリウムコバルトで超薄型・超軽量のプラスチックダイヤフラムをサンドイッチした全面駆動型。驚くことに、32kHzまでの超高域再生を実現している。
いかがだろうか。
さすがNASAの物理学者、といったところだろう。製品に対するネーミングにも、一流のユーモアを感じるのは私だけであるまい。

インフィニティは今でこそ、ハーマングループの傘下にあるが、以前はこうした製品をつくっていた。そう、ブランド創設時より続けられた、静電型スピーカーやサーボ制御による低域のコントロールなどの独創的な技術開発。そして1970年代には、ダイナミック平面振動板型ユニット「Electro Magnetic Induction(エレクトロ・マグネティック・インダクション)」の完成。このEMIと呼ばれる新型ユニットは、静電型をそのままダイナミック型に置き換えたような新しい構造を持ち、これまでにないサウンドに多くの音楽ファン虜になったものだった。

∞、インフィニティ。

透明感があり繊細で、高域のキメ細やかな音微粒子が特徴のインフィニティスピーカーは、きっとこれからも、我々にオーディオの無限の可能性を示してくれることだろう。