オーディオの履歴書(JBL4345愛好家)第1章 「オーディオの目覚め

オーディオの履歴書(JBL4345愛好家)第1章 「オーディオの目覚め

オーディオ買取屋草間でございます。

オーディオ買取屋のお客様から「オーディオの目覚め」として記事を寄稿していただきました。

今回はオーディオの履歴書としてお客様がオーディオマニアになったきっかけをご紹介いたします。

それでは、皆様もご自分の体験を思い出しながらお読み下さい。

オーディオの履歴書(JBL4345愛好家)
「オーディオの目覚め」

  1. 音との出会い
  2. ステレオなるものとの出会い
  3. 新たなメディアとの出会い
  4. ノイズとの戦い~清濁併せ飲む
  5. ノイズからの解放
  6. 何かが足りない~ノイズからの解放とともに失ったもの

1.音との出会い

昭和の41年6歳のころだろうか、白黒の小さなブラウン管がビートルズという、幼い自分にとっては未知なる国の未知なるグループのメンバーであるポールマッカートニーなる人物が死亡したのではないか(死亡説)とされるニュースがアビィロードのジャケットとともに流れていた。

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今ではさほど珍しい事では無いが、当時日本のお固い報道番組において、一音楽グループのメンバーが死亡したとされるレベルの報道は、かなりの違和感をもって受け取られたと記憶している。
(御存じの通り、現在リンゴスターとともに御健在である。)

その頃の私、いや日本の風潮では男性が女性のように髪を伸ばし「エレキギターなるもの」を弾いて歌っている姿はまさしく不良の代名詞であり、近づいてはならない存在として幼い心に焼きついたのだ。(しかしその6年後には、その不良連中の奏でる楽曲に人生変わるほどの再会を果たすことになるのだとも露知らずに・・・。)

ところで私と音(音楽)との最初の出会いは、何故か貧乏家の自宅にあった真空管式のステレオ装置から始まる。
トランジスターや新素子が主流の今では考えられない事かもしれないが当時は※電源を「投入」し真空管が充分に温まらないと音が出ないという世界であった。
(注釈:電源投入=SW-ON 笑)

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自分を音(音楽)の世界にひきずり込んだのは、まさしくこの古めかしいステレオが奏でる「洋楽なるもの」であった。そもそも持ち主である私の親父という人は、固物で怖い存在だったが昔、画家を目指したというだけあってか、音楽にもその芸術的な部分を見出していたようだ。ただ、ジャンルには全くこだわりの無い様子で、親父本人の感性に訴えるものであれば、問わずに受け入れる寛容性があったように思う。

時にはクラシック、ラテン、ジャズ、ポップス、かと思えば演歌に民謡、浪花節。
でも親父の傍らで聞いているうち、自分もいつしか良いものはジャンルを問わず良いものである事を学び、それが自然と身についていったのかもしれないと50年を経た今思う。

思い出に残っているのは、ユーゴー・ウインターハルター楽団の奏でる「カナダの夕陽」、デイヴ・ブルーベック・カルテット「テイク・ファイブ」。フレンチポップスでは、シルビィ・バルタンの「アイドルを探せ」、シャンソンでは岸洋子の「恋心」、それにニニ・ロッソのトランペットも哀愁漂ってたなぁ。

映画「シェーン」の挿入曲ヴィクター・ヤング楽団奏でる「遥かなる山の呼び声」等々、他にも色々聞いたと思うが、今述べたものが親父の定番だったような気がする。

しかしこれこそが私のオーデオとの出会いであり原点だと思っている。

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2.ステレオなるものとの出会い

昭和初期の普及版ステレオ装置といえば、合板木目調の今から思えば安い張りの箪笥みたいな姿であったが、当時は家庭にテレビがあるというだけで羨ましがられる世の中、どうして我が貧乏家(や)にこの様な貴重品があったかは定かでない。

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先ずは電源を投入すると真空管(チューヴ)のガラス越しに見えるフィラメントに明かりが灯る。そしてブーンという唸るようなノイズが序々に大きくなるにつれてアンプのコンディションが整えられていく。最初の一音を発するまでの待ち時間、プロセスこそ音楽の世界に入り込んでいくための重要な儀式である。

この視覚的要素もまたオーディオの醍醐味であり、未だにマッキントッシュ「MC240」や「MC275」等の真空管アンプが復刻されたり、中古市場を賑わす所以である。現代でこそ、スイッチを押せば待たせる事なく手軽に音楽を聴く事が可能だが、何となく音に対するリスペクトの念が希薄に思えてしまうのは、私だけであろうか?

そして、この装置は更にもう一段のプロセスを要求する。
レコードには45回転のEP版と呼ばれるもの、33と1/3回転のLP盤と呼ばれるものがあり、それぞれの回転数を適切に設定する事が肝心で、当時は円盤状のシート(紙製だった)を用いシート上に破線で描かれた円を見ながら希望する回転数に同調するようツマミを調節していくのだが、その破線がクッキリと停止して見えたら完了である。

こうして、漸くレコードを聴く体勢が整うのである。

そこから、ポリエチレン製のレコード盤をジャケットから取り出し、プレイヤーのターンテーブルにセットする。
スイッチを入れ正規の回転数に到達するのを見計らい、レコード盤の溝めがけ息を殺しながら慎重に注意深く針を着地させる。そして無音域に交じるパチパチというノイズを聴きながら、固唾を飲んで第一声(音)を待つのである。

「このドキドキ感がたまらない。」

現代に生を受けた皆さんにはご理解いただけないでありましょうが、このプロセスこそが音楽に対するリスペクトであり、向き合う為の儀式であったようにも思う。そして、未だ自分の中に息づいている。

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3.新たなメディアとの出会い

社会人になり給与を貰えるようになって間もないころだろうか?レコード店の僅かな一角にコンパクトなジャケットをまとったメディアが並ぶようになったのは。

そう、CD版の登場である。

しかし当時は、まだまだレコード盤が主流の為、あまり種類もなく特段気にかける事もなくやり過ごしていた。
まさかこれがレコードを市場から追いやる円盤とは知るよしもなく。

4.ノイズとの戦い~清濁併せ飲む

想えば、当時から音楽を聴く者達にとっては宿命と受けとめながらも常に克服したいと挑み続けた大きな課題がある。

そう、ノイズである。

ステレオの電源を投入すればノイズ、レコードに針を落とせばノイズ。カセットテープに編集すればノイズ。
正にノイズまみれの中、音楽にノイズはつきものと割り切って接していかなければならなかった。(清濁併せ聴く?)

時にはレコードを洗剤であらったり、良いレコードクリーナーが出たと聞けばすぐさま入手するなど、維持・管理には相当な手間と費用を費やしたものである。また、カセットテープもクリアな音で聞こうと思えば、テープがヘッドに擦れる際に生ずる「ヒスノイズ」はつきものであった。

進歩の過程においては、ノイズをキャンセルする機能としてドルビー研究所から「ドルビーBタイプ」や更に進化した「ドルビーAタイプ」等のノイズ対策が市場の機種に搭載され一般化されたが、いづれも本来の音がスポイルされ、マニアとして満足のゆくものでは無かった。

そんな中、我が日本が誇るナカミチ研究所のカセットデッキがプロの現場に採用され世界中を席巻した事が今では懐かしい。そんな私も「ZX-9」という中級機種ではあったが当時20数万もするデッキを分割で手に入れ、普及品との大きな表現力の差を実感したものである。

今はどうなっているのか分からないが、デジタルの普及とともに姿を消した、何とももったいないメーカーであり、復活を期待したい。

「スピーカーの種類」オーディオ解説書その8

5.ノイズからの解放

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しばらく過ぎたころからであろうか、行きつけのレコード店の様相に変化が訪れた。それは以前気にかけもしなかった小さなジャケット、そう「CD」である。そのCDの占拠する範囲がどんどん勢力を拡大しつつあったのである。私としても嫌がおうにも関心を向けざるを得ない状況となった。
ある日、行きつけのオーディオ店に出向きCDプレイヤーとメディアに初の対面を果たした。気心知れた店長にデモンストレーション用CDを試聴させて戴いたのだが・・・そこで私は!

ノイズとは全く無縁の実にクリアな音と遭遇してしまったのである。

近眼の人が、初めてコンタクトレンズを装着した時に述べる感想とでも表現しようか。劇的変化を目の当りにし、自分の中で何かが変わるのがわかった。

革命が起きた瞬間である。

以降、数十年、我が家の音楽は80年代洋楽とともにCD盤に依存する事となるのである。

6.何かが足りない~ノイズからの解放とともに失ったもの

何十年となくお付き合いし満足してきた(つもり?)のCD。
「何かが違う」
そう感じ始めたのは、給与収入もあがり、ようやくオーディオ装置にも予算投入が可能になった頃、それなりの装置も揃えた。

きっかけは、米国JBL社製のスタジオモニター「4345W」私は46㎝ウーハーを持ち、お仏壇とそう変わらぬこの巨大なスピーカーの信者になってしまったのである。寝ても覚めても「4345」の事ばかり。実際のところ、私はこのスピーカーが奏でる音を一度も耳にはしていなかった。

ただ、下位モデルであった。38㎝ウーハー「4343W」がかなり高価であるにも関わらず当時のベストセラー機種となり一世を風靡していた為、こんな田舎においても友人宅やオーディオ店などで実際の音に接する事が出来たのは幸いである。それ故に、上位機種である「4345W」に対する期待感は増すばかり、専門家(誌)が奏でる美辞麗句にも洗脳され、勝手な音のイメージをどんどん膨らませていったのである。

当時、日本のオーディオ専門誌やマニアの間では「原音追求」が論議され、ひとつのトレンドであったと記憶しており、スタジオモニターと銘打ったJBL「43」シリーズやアルティック社の「A5」「A7」更にはフルレンジユニットである「604E」や後継機種である「604-8G」等々が脚光を浴びていたように思う。友人や雑誌の投稿者も、こぞって高価なお仏壇を購入し6畳程度の小部屋に無理やり押し込んでは、身の置き場も無い環境でのリスニングを楽しんでいた。

そうこうするうちに、私にとって悲しい知らせが舞い込んできた。何と、購入目標としていた「4345W」が製造中止となってしまったのである。

憧れの念が日増しに強くなっていた私は、いても立ってもいられず、知り合いのオーディオ店に相談し、紆余曲折を経てようやく一人のオーナーから念願の「4345」を譲りうける事ができたのである。

そして、いよいよこのスピーカーを鳴らすに足りうるアンプ探しの旅が始まろうとしていたのだが……。

つづく