メーカー別オーディオ買取事例

ELECTRO VOICE

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【技術屋一筋40年が解説】
オーディオ買取専門店で「エレクトロボイス」が高く売れる理由

オーディオ買取店をお探しですか?それも、エレクトロボイスを高価買取してくれるお店をお探しですか。でしたら、少しお時間ください。まずはこの記事をご覧ください。エレクトロボイスが高値で売れる理由について解説しています。

エレクトロボイスは非常に価値のあるオーディオです。そのため、エレクトロボイスの価値を知るオーディオ買取店に買取を依頼すれば、間違いなく高い値段で買い取ってもらえます。

では、エレクトロボイスの価値を知る買取屋はどこにあるのでしょう。

全国にいくつかありますが、確実なのは、オーディオ買取「専門店」です。総合リサイクルショップではなく、オーディオ買取専門店なら、間違いなくエレクトロボイスの価値を知っています。したがって、オーディオを売るなら、しかもエレクトロボイスのような超ブランド品を売りたいとお考えなら、やはりオーディオ買取専門店へ買取の依頼をするのがベストです。

ただ、オディオの中でも名品のエレクトロボイスを売ろうとお考えなら、せっかくの機会です。改めてその価値について知っておきませんか?

目次
1.エレクトロボイスが高く売れる理由①
2.エレクトロボイスが高く売れる理由②
3.エレクトロボイスが高く売れる理由③
4.オーディオ買取屋に寄せられた「お客様の声」
5.オーディオ買取屋に寄せられた「前オーナーの想い」
6.オーディオ買取屋のエレクトロボイス買取実績
7.エレクトロボイス以外のオーディオ買取屋の実績
8.だからオーディオ買取屋は、エレクトロボイスを高く買い取っています

 

1.エレクトロボイスが高く売れる理由①

エレクトロボイスが高く売れる理由。それは、エレクトロボイスがアメリカの老舗オーディオ御三家の一つだからです。

日本のオーディオ御三家といえば「サン・トリ・パイ」です。山水電気、トリオ(現JVCケンウッド)、パイオニアです。
一方、アメリカの老舗オーディオ御三家は、JBL、アルテック、そしてエレクトロボイスです。この三つは非常に古くからあるアメリカのオーディオブランドで、エレクトロボイスはその中でも最も長い歴史を誇ります。JBLは1946年、アルテックは1941年。それに対し、エレクトロボイスの創立は1927年です。

歴史が長いということは、それだけファンが多いということです。そして、ファンが多いということは、そのオーディオを欲しがる人が多くいるというわけですから、欲しい人がいるからこそ、そのオーディオは高く売れます。

というわけで、まずはエレクトロボイスの歴史について振り返ってみましょう。

 

1-1.二人の創設者

エレクトロボイスの創設者は二人います。アルバート・カーン(Albert R. Kahn)とルー・バロウス(Louis R. Burroughs)です。

アルバート・カーンは1906年、イリノイ州ランサールに生まれましたが、1912年にサウスベンドへ引っ越します。その頃からラジオに夢中だったアルバートは、12歳でボーイスカウトに加わるのですが、ある日などは修理のためラジオを持って帰ってきたほどでした。そして、13歳になるとアルバートはアマチュア無線の免許を取り、18歳で高校を卒業。それからはラジオ受信機の設置と修理を開始します。

ルー・バロウスはアルバートよりも3年早い1903年生まれです。彼は1960年にAES(Audio Engineering Society)の会員となり、1961年に副会長、1967年に理事に就任します。また、退職後に移り住んだアリゾナ州レイクハヴァス市では「Mr.Microphone」の称号で呼ばれるほどの技術者でした。

この二人が1927年に、エレクトロボイスの前身となる「Radio Engineers社」を設立します。当時の拠点はインディアナ州サウスベンドにあるCentury Tire & ubber Company社の地下でした。そして、そこを本拠とし、無線受信機の補修点検サービスを行いました。

 

1-2.Electric Voice(エレクトロボイス)誕生

エレクトロボイスの前身「Radio Engineers」は順調に売上を伸ばしていきますが、1929年の世界大恐慌のあおりを受け、同社はオーディオ機器や小型PAシステムの開発・製造へと方向転換を図ります。

そんな折、アルバートとルーの二人は、ノートルダム大学のフットボールコーチとして伝説的な人物「ヌート・ロックニー(Knute Kenneth Rockne)」が病気のため、4ヶ所の練習場での指導が行えなくなって困っていることを知ります。

そこで二人は、4ヶ所の練習場全てを見下ろせるタワーを建造し、そこからチーム一人一人に指導の声が届くようなPAシステム(マイクロフォンと4つのスピーカーを組み合わせたハンディ型PAシステム)を設計します。

これをヌート・ロックニーが「エレクトリック・ボイス」と呼び、愛用したことから、二人は社名を「エレクトロボイス・マニュファクチャリング社(Electro-Voice Manufacturing Co.,inc)」に変更しました。1930年のことです。

 

1-3.マイクメーカーとしての成長

1942年、エレクトロボイスは軍用に必要なノイズキャンセル機能付きマイクの生産により、マイクの総生産量が年間100万台を突破。また。1946年には、ルーが開発したT45が、戦場においてよりクリアかつ正確な通信を実現し、第2次世界大戦中に多くの人命を助けたとして、米国旧陸軍省から特別表彰を受けています。

1954年には、当時北米の標準となった指向性マイク「Variable‑D」を発表。指向性マイクによく発生しがちな近距離の低音ブースト、または近接効果を大幅に低減。日常的なPA用途向けに音声の了解度を非常に大きく向上させました。

さらに1958年には、最大水深120フィートにおいて半径150フィート以内の音声が耳で聞こえるようScubaComの開発が開始され、1962年には、「フレンドシップ7」と名付けられたマーキュリー宇宙船でエレクトロボイスのマイクが宇宙に送り出されました。

 

1-4.オーディオメーカーとしての成長

第二次世界大戦が終結すると、戦時中は制限されていた民生用の製品開発が解禁となりました。そこで、エレクトロボイスもオーディオ製品の本格的な開発に乗り出し、1946年には現在のミシガン州ブキャナンに本社を移転。開発、工場、販売を一つの場所に統合し、オーディオ市場への本格参入の準備を始めます。

ちょうどその頃は、レコードビジネスが盛んになり始めた時期でした。エレクトロボイスはまず、フォノカートリッジの製造に取り掛かり、1949年にハワード・サウザー(Howard T.Souther)が入社すると、エレクトロボイスは1950年代に入り、8インチ、12インチ、15インチの製品を立て続けに発表。さらに、18インチのウーファー「18WK」を開発し、クリプシュタイプのホーンロード・エンクロージャーに収めた4ウェイ構成の「ザ・パトリシアン」を誕生させ、スピーカーブランドとしての地位を確立します。

 

1-5.総括

このように、エレクトロボイスはおよそ100年の歴史があるからこそ、オーディオ愛好家が集まる世界では高値で取引されています。もちろん、古いものから新しいものまで、エレクトロボイスのオーディオは色々なところで需要がありますから、価値を知っているところへ売ればきっと高値で買い取ってもらえるはずです。もちろん、私たちオーディオ買取屋でも、エレクトロボイスはいつでも最高値で買い取らせていただきます。お気軽にお問い合わせください。

なお、エレクトロボイスのブランドストーリー完全版はこちらをご覧ください。
https://audio.kaitori8.com/story/electro-voice/

 

2.エレクトロボイスが高く売れる理由②

エレクトロボイスが高く売れる、二つ目の理由。
それは、エレクトロボイスの採用実績が世界のいたるところにあって、その性能の高さが窺いしれるからです。

 

2-1.ノートルダム大学での実績

一番最初の実績は、1-2でお話しした通り、ノートルダム大学です。フットボールコーチとして伝説的な人物「ヌート・ロックニー(Knute Kenneth Rockne)に絶賛されたPAシステムこそ、エレクトロボイスの最初の輝かしい実績でした。

ヌート・ロックニーは大学フットボール史上最高のコーチの一人です。その偉大さから彼の人生は「Knute Rockne、All American」として1940年に映画化され、のちに大統領となるロナルド・レーガンは、ジョージ・ギッパー(物語における重要人物)として出演しています。この映画は1997年、アメリカ議会図書館によって「文化的、歴史的、美的に重要」とみなされ、国立映画登録簿に保存されました。

 

2-2.宇宙での実績

1942年、バロウスがリップ型ノイズキャンセリング・マイクロフォン「T45」を開発します。この「T45」は、本当に様々なところで採用されます。しかし、中でもマーキュリー計画は特筆すべき実績でしょう。

マーキュリー計画は、旧ソ連が1957年10月4日、人類初の人工衛星スプートニクの打ち上げに成功したことが発端です。そして、1958年、アメリカは旧ソ連のその成功に刺激され、NASAを組織。有人宇宙飛行を計画し、ここにアメリカと旧ソ連の宇宙開発競争の幕が切って落とされました。

この計画は旅の神であるマーキュリーにちなみ、「マーキュリー計画」と名づけられました。宇宙飛行士として選ばれたのは7人。そんな彼らは、見事アメリカ初の有人宇宙飛行を成功させます。

この計画の特徴は、7人の宇宙飛行士にちなみ、宇宙飛行船の名前の最後には、必ず「7」がつくことです。そして、1962年2月20日、フレンドシップ7でジョン・グレン飛行士がアメリカ人初、4時間56分の地球回周飛行に成功するのですが、この時に一緒に宇宙へと送り出されたマイクが、先に紹介したエレクトロボイス「T45」の改良型でした。

 

2-3.アーティストにも高い評価

一方で、エレクトロボイスはアーティストにも人気があることで有名です。

1986年に生産を開始したManifold Technologyを搭載したコンサートサウンド用システムMT-4は、メタリカ(Metallica)やガンズ・ローゼス(Guns’s Roses)、ボン・ジョビ(Bon Jovi)などのワールドツアーで10年に渡り使用されました。また、2000年に発表された大型ラインアレイエレメント X-Lineは、ローリングストーン(The Rolling Stones)やロッド・スチュワート(Rod Stewart)などのコンサートツアーで使用されていますし、2004年のアテネ夏季オリンピックでは、22会場中18会場でエレクトロボイスの製品が採用され、2007年に世界同時開催で行われた歴史上世界最大級のコンサート「Live Earth」のメイン会場でも使用されたことは記憶に新しい実績です。

このように、宇宙環境でも使用できる技術を持ち、アーティストにも非常に高い人気を誇るメーカーだからこそ、エレクトロボイスは今なお高値で買い取られているのです。

 

2-4.トーキング・モジュレーター

トーキング・モジュレーター(別名:トーク・ボックス)は、楽器の音に人が喋っているような効果を加えるエフェクターの一種です。1970年代から使用され始め、ピーター・フランプトン、ロジャー・トラウトマン、エアロスミス、ジェフ・ベック、スティーヴィー・ワンダーらの使用で有名になった経緯があります。

トーキング・モジュレーターは、楽器用アンプに接続する外部スピーカーと切替スイッチを組み合わせた構造になっており、スピーカー部分は主に2種類の構造が存在します。

一つが、内部スピーカーにコンプレッションドライバを使用する物。
もう一つが、内部スピーカーにフルレンジコーンを使用する物です(が、現在ではほとんどトーキング・モジュレーターとして利用されていません)。

そして、前者のコンプレッションドライバを使用したタイプのトーキング・モジュレーターでは、最も有名なコンプレッションドライバがエレクトロボイス社の1823Mでした。

 

3.エレクトロボイスが高く売れる理由③

エレクトロボイスが高く売れる、三つ目に理由。
それは、エレクトロボイスには伝説的名機が存在し、ゆえにエレクトロボイスというブランドに多くの人が憧れを抱いているからです。

その名こそ古今東西、多くのオーディオファンを魅了させる「パトリシアン」です。初代パトリシアンは1950年に発表され、18WKウーファーをクリプシュのホーンエンクロージャーに収納し、ミッドバスには12W1でミッドハイはT25ドライバー+マルチセルラホーン、ツィーターはT10ドライバーにこちらもホーンを取り付けの4ウェイ5スピーカーのフラッグシップモデルでした。

そして、パトリシアンはその後、IVや600、700と改良が続けられ、いずれもビンテージオーディオの名機の位置を確固たるものにしていますが、最終形態の「パトリシアン800」だけは別格でした。まさに70年代のオーディオ全盛期に、エレクトロボイスの代表作にして、文字通りオーディオマニアを虜にした名機でした。

パトリシアン800は、その構造は独特なものでした。高域にはホーン型トゥイーターであるT350、中高域にはドライバーユニットと8HDを組合わせたホーン型ミッドレンジ(ドライバーユニットは72年頃はT25A、80年代はT250)、中低域用には30cmコーン型ミッドバス(製造時期により、SP12D、あるいはSP12Mを搭載)、そして低域用には30Wという76cmのスーパーウーファーを搭載し、これを後面開放のキャビネットに収納。そして、コーナーを利用しバックロードホーンのような、いやそれ以上の深い重量感のある音を再生しました。それはまさに、イーストコーストの独特な味付けで、ウエストコーストを代表するJBLやALTECとは異なり、適度なウェット感、そして重量感のあるサウンドワールドでした。

それに加え、パトリシアン800は高級家具としても設計されており、素材には厳選された厚さ2.5cmの板材を使用して、入念な木工仕上げの施された美しいエンクロージャーが採用されています。

今でもなお、「このパトリシアン800に勝てるスピーカーはない」という人もいるほどです。

 

4.オーディオ買取屋に寄せられた「お客様の声」

オーディオ買取屋には毎日、嬉しい「お客様の声」が届きます。もちろん、エレクトロボイス製品をお売りいただいた方からも、とても嬉しいお声を頂戴します。

「エレクトロボイス、アキュフェーズなど、いくつかのメーカーを一度にまとめて、すべて高値で買い取ってもらえました」60代男性
「3軒ほど見積もり依頼したのですが、群を抜いて最高額」60代男性

オーディオ買取屋では、「最低でも最高値」のお見積もりが常に出せることを目指しています。まずは最も買い取る。それが私たちのポリシーです。

これからも私たちオーディオ買取屋は、あなたの大切なオーディオを、あなたのとても大切なエレクトロボイスを、最高値かつ心地よく手放せますよう、買取に尽力して参ります。ぜひお気軽にお問い合わせください。

オーディオ買取屋に寄せられた「お客様の声」の一覧は、こちらからご覧いただけます。ぜひご一読ください。
https://audio.kaitori8.com/uservoice/

 

5.オーディオ買取屋に寄せられた「前オーナーの想い」

オーディオ買取屋では、一部の前オーナーに、次のオーナーへ向けたメッセージをお預かりしています。

今回はエレクトロボイス「Aristcrat」をお売りいただけた神奈川県の60代男性の想いをご紹介させていただきます。

私がいつから音楽に興味を持ち始めたかは覚えていません。ただ、ロックが好きになった時のことは今でもはっきり覚えています。あれは1986年の秋でした。その夏にボン・ジョヴィが出したアルバム「Wild In The Streets(原題:Slippery When Wet)」を聞いたときのことです。体が稲妻を受けたような感覚を覚えました。特に「禁じられた愛(You Give Love A Bad Name)」は衝撃的でした。後から知ったのですが、このアルバムは全世界でおよそ3,000万枚も売れたらしいので、私が感動するのも無理はありません。

そして、それから色々あって(本当に色々あったのです)オーディオにも興味を持つようになりました。しかし、私に転機が訪れたのは、やはりボン・ジョヴィが関係しています。私は(90年代前半だったと思いますが)「ボン・ジョヴィはコンサートでEV(*Electro Voiceの略)を採用している」との噂を聞きました。それですっかり盛り上がって、とにかくエレクトロボイスのスピーカーが欲しくなって、縁あってこのAristcratを購入しました。

Aristcratは1950年代にRegencyと共に非常に人気を博したモデルです。SP12 /30cmウーファーに T35トゥイーターを同軸上に配置した12TRX(30cm同軸2ウェイ)を搭載。上位機種「Regency」とは異なりコンパクトな佇まいは最高です。Aristcrat 2、Aristcrat 3と販売されましたが、私は最初のAristcratが好きです。

私はロックしか聴きませんでしたが、次のオーナーには、逆にロック以外のもので徹底的に鳴らしてほしいと思います。ただ、大切に使ってください。私は70歳を超え、息子が暮らす富山県のマンションに引っ越すことになりました。そこではペットはOKなのにオーディオは不可らしく、今回は仕方なしに手放しました。

私は生まれ変わったら、またEVのAristcratでボン・ジョヴィを聴きます。それまではぜひ、次のオーナー、さらにその次のオーナーには、大切に使っていただきたいと思います。

 

6.オーディオ買取屋のエレクトロボイス買取実績

エレクトロボイスをお売りになる際には、実績が豊富な買取屋をお勧めします。なぜなら、エレクトロボイスはアメリカでも最も古くからあるオーディオブランドで、古いことにも精通しているオーディオ買取ショップでなければ正しく査定できないからです。

私たちオーディオ買取屋は、50代・60代が安心してオーディオをお売りいただけるよう、店主やそこで働く人間も50代・60代が中心です。エレクトロボイスを売りたい。もしそうお考えなら、ぜひ私たちオーディオ買取屋へご相談ください。

このページの下の方にて、買取実績の一部を公開しております。是非ご覧ください。

 

7.エレクトロボイス以外のオーディオ買取屋の実績

オーディオ買取屋が高く買い取れるオーディオは、エレクトロボイスに限りません。もちろん、アメリカのオーディオだけでなく、イギリスのタンノイや日本のYAMAHAも高価買取しております。

また、買取品目はスピーカーだけではございません。
マランツのアンプ、リンのレコードプレーヤー、カセットデッキなど、オーディオ全般に渡って高値で買い取らせていただいております。

以下に私たちオーディオ買取屋の買取事例を一部公表しております。ぜひご覧くださいませ。
https://audio.kaitori8.com/jirei/

 

8.だからオーディオ買取屋は、エレクトロボイスを高く買い取ります

エレクトロボイスには歴史があり、JBLやアルテックと共にアメリカの老舗オーディオブランド御三家と呼ばれています。それほどのオーディオメーカーですから、今でも非常に高く買い取ってもらえます。

また、エレクトロボイスはアーティストの評価も高く、メタリカ(Metallica)やガンズ・ローゼス(Guns’s Roses)、ボン・ジョビ(Bon Jovi)などはワールドツアーで10年に渡りMT-4を使用。さらに、2000年に発表された大型ラインアレイエレメント X-Lineは、ローリングストーン(The Rolling Stones)やロッド・スチュワート(Rod Stewart)などのコンサートツアーで使用されていましたし、2004年のアテネ夏季オリンピックでは、22会場中18会場でエレクトロボイスの製品が採用され、2007年に世界同時開催で行われた歴史上世界最大級のコンサート「Live Earth」のメイン会場でも使用されたことは記憶に新しい実績です。

エレクトロボイスにはそうした歴史や実績、人気があります。
そして、私たちはそんなエレクトロボイスの魅力を知り尽くしているからこそ、最高値で買い取ります。

オーディオを高く売るなら。エレクトロボイスを高く売るなら。
ぜひオーディオ買取屋に是非ご用命ください。

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